【ネタバレ注意】『ねじまき鳥クロニクル』 書評
こんにちは、今回はねじまき鳥クロニクル第一部~第三部の書評、及び考察について記述していきたいと思います。本サイトでの書評は他サイトの書評を考慮したう上で記述していますが、中の人の主観的な捉え方が多く含まれているので、知識としてよりも一つの捉え方として読むことをお勧めします。
捉え方、と言えば、村上春樹の作品ほど多岐にわたるものはないのではないでしょうか。村上春樹は象徴的な文章の書き手として知られていますが、それによって読み取る側の考え方も読者の数だけ存在します。これが読書の面白いところですね。自由な発想。想像力。本記事も基本的にそういったイメージで書きました。
本作品は所謂ハルキスト、村上主義者の間では他の作品と比べて少し異色の作品だと言われていますが、僕は何が異色なのか、ちょっと分かりませんでした。村上作品の多くは「根源的な悪」を象徴としくた暗喩的な物語が特徴となっておりますが、ねじまき鳥クロニクルに関して言えば、その要素に加えて「あちらの世界」が緻密に表現されております。しかしながら、「あちらの世界」も決して村上作品の中でマイナーなものではないし、他の作品と比べて同じような、表面的なファンタジーチックな物語として楽しむことができるのではないかと思われます。
ねじまき鳥と聞いて、頭に思い浮かぶのは鳥にぜんまいの取っ手がついたような形状の鳥でしょうか。本作品では「ギーギー」とねじを巻くような鳴き声をするのでねじまき鳥となっておりますが、実際に世界のねじを巻いているのだ、とも主人公は考えています。つまり、ねじまき鳥が鳴かなくなった=世界が停止した、とも考えられます。ねじまき鳥は途中からねじを巻くのをおやめています。そして、その時期はクミコが家を出て行ってからトオルが空気のような毎日を過ごした部分と重なります。ほんの些細な重なり。これが村上春樹の真骨頂なのかもしれません。
すいません、前置きが長くなってしまいました。それでは物語の本題について説明していきたいと思います。あまりにも膨大な量なので簡単な大筋しか話せないかもしれませんがご容赦ください。
まず、紹介の記事にも書いた通り、主人公が妻に家出されるところから物語は動き始めます。妻であるクミコは雑誌編集者、主人公である岡田トオルは法律会社に勤めていたが退職し、無職となっています。なのでその生活スタイルは朝昼はトオルが家事をし、夜にクミコが帰ってくるというものでした。「ピンク色のトイレットペーパーを見たくもないの知らなかったの?どうしてこんなもの買ってくるのよ」「君がピンク色のトイレットペーパーを嫌っているのは知らなかったんだよ。ごめん」時々夜遅くに帰ってくるクミコは時々精神の乱れによってトオルに八つ当たりしてしまい、夫婦間にざわめきのようなものが立っておりました。そして、ついてクミコは家出をしてしまいます。
さて、クミコはどうして家を出て行ってしまったのか、普通の人間なら自分がふがいないせいで、あるいは浮気をしやがってなどと憤るところですが、トオルはそんなことよりももっと根本的な問題があるのではないか、と頭を捻り始めます。
そこで、まず最初に加納マルタと加納クレタという女性との接触が一つ目の鍵となってきます。クミコが家を出ていく直前、クミコは兄である綿谷昇の紹介で加納マルタという霊媒師と接触し、行方不明の飼い猫の捜索を依頼していました。マルタはそのことについて「猫は当分帰ってこない」と言います。クミコはその飼い猫のことをとてもかわいがっていたのでそのことを気に病みます。そしてそれからのクミコの家出です。家に残ったトオルは茫然としている中、加納マルタの妹である加納クレタが「家の水道の水を取らせてほしい」と言ってトオルの家を訪問します。トオルは加納クレタを家にあげ、その作業を見守るのですが、加納クレタはその作業のあと、クレタ自身の過去について語り始めます。クレタが三度生まれ変わったこと、三度目は綿谷昇が関与しており、それはとても危険なことだったこと、クレタは自分のために加納マルタを助ける霊媒になり、今ここにいることを告げた。そして去ってしまう。
トオルは次に路地裏の少女、笠原メイと出会います。メイは最初はトオルと日向ぼっこをしているだけなのですが、途中でカツラ会社のバイトを一緒にすることになります。そこで二人はカツラについて語ったり、取り留めもないことを話したりします。このころは笠原メイが重要な鍵を握る人物だとはまったく思いませんでした。
ところで、トオルはクミコが家を出ていく前に本田さん(トオルとクミコが結婚するにあたってクミコの父親が、本田さんという霊媒師と定期的に会うことを条件に取り付けたことから夫婦はこの人と親密な関係にあった)が死去した事実を知り、間宮中尉が遺品分配の件で家に来たついでに昔話を聞かされます。それは満州付近の外蒙古にある井戸についての話でした。井戸の中は暗く狭く、ジメジメしていて苦しい。しかし、戦時中の間宮中尉はその井戸にいて、そうしなければならない状況下にありました。間宮中尉は苦しみ、運命を諦めようとしていましたが、正午になったころに井戸の真上から日が差し込んでくるのを認めるとたちまち心地よさのようなものが得られました。そこで間宮中尉はその光にのみ希望を見出し、数日間その光を求め続けました。それは奇跡だ、と間宮中尉は言っていました。まさしく、それほど間宮中尉にとっては素晴らしいものだったのでしょう。そしてほどなくして間宮中尉は本田伍長に救われます。
トオルはその話を聞き、自分も井戸に入ってクミコが出て行ったことについて何か考えることにしました。トオルはクミコとの思い出をつらつらと思いだし、クミコの家出の真相に詰め寄ろうとします。その時、トオルはこの世界とはかけ離れたホテルの208号室にたどり着きます。そこには謎の声の女性がいて、その顔は見届けることができないまま壁に吸い込まれていきました。そして体と意識は井戸の中に舞い戻り、また考えます。また、主人公は北海道に出張に行ったときに見たギターケースのことを思い出します。火で自分の手のひらを炙る男。異常としか思えない行動を起こすその男はトオルにとって印象深い人物となっていたのでしょう。そのあと目を覚ますと、縄梯子がなくなっており、それが笠原メイの犯行によるものだと判明します。しかし、それは必然であったかのように淡々としており、トオルは井戸の底に閉じ込められてもなお特に取り乱した様子もありませんでした。そこでトオルは間宮中尉と同じように数日間そこで過ごします。身も心も憔悴し、トオルは何も考えることができなくなっていました。そして、ふと気が付くと、加納クレタの声がすることに気が付きました。加納クレタはそのまま縄梯子を下まで下し、トオルを助けます。しかし、上に登りきるとそこにはもう加納クレタの姿はありませんでした。
トオルは長い間そこにいたので体の汚れを落とし、髭を剃りました。するとぼうぼうだった髭のしたの肌には黒い、猫の手くらいのシミがついていました。このシミがポイントです。トオルは、このシミはある意味主人公にこれ以上進んではいけないところまで来たことに対する呪い、あるいは妻に逃げられた夫としての戒めのようなものとして解釈します。
加納クレタは加納マルタを避けていました。クレタは家に帰りたくないというのでトオルはクレタと過ごすようになります。そこで日々が流れていきます。
井戸から上がってからトオルは新宿に出て人を観察することに努めます。何か、見つかるかもしれない。そう考えながらもやはり日々は過ぎ去っていきます。このころのトオルの意識はすでによくわからないものへと昇華されているような印象が見受けられます。
さて、そんな日々が過ぎ去る中、ある日トオルは北海道で見たあの「ギターケースの男」をたまたま新宿で見かけることになります。トオルはその男を尾行しある住宅の中に侵入します。その時、トオルは突然そのギターケースの男に殴られ、その不可抗力でギターケースの男をバットで殴り倒してしまいます。返り血を浴びたトオルはすぐさま家に帰り血を落とします。この出来事は夢か幻なのか。そのあと、何事もなかったかのように話は進められますが、それは確実な現実、あるいは啓示的なものとしてトオルに影響していきます。
トオルは叔父と連絡を取り、叔父の不動産関係の人物と接触し、あの井戸のある旧宮脇邸の土地(その土地はいわくつきで、そこに住む人はみんな呪われてしまうとの噂があり、当の宮脇さんも事業展開の試みに失敗したせいで自殺に追い込まれた経緯があります。(このことについて、本記事ではもっと追究するべきなのかもしれませんがご愛嬌ください))の買い取りについての交渉を始めます。主人公にとってあの井戸のある土地は特別で、クミコの問題について、根源的な悪についての問題を解決するため(このころにはもう既にトオルの中の問題はクミコの問題について、というよりは根源的な悪との対立にあったのではないかと考えられます。そして、その悪は綿谷昇のことを指しています。)には手に入れなければならないところだと考えたようです。そしてトオルはその土地を購入するための資金を調達する手段を考え始めます。
トオルはある日、新宿にあるベンチに座っているとタバコを吸った品の良い女と出会います。そしてトオルはその女についていき、確実にお金を手に入れる手段を手に入れます。そのおかげでトオルは晴れてその土地を購入し、その女とシナモンと呼ばれる彼女の子供と日々を過ごすようになります。
その女の名前はナツメグといいました。ナツメグはかつて満州の動物園を経営する父親の元で育てられていましたが当時の日本軍の戦況悪化により父親を満州に残し、母子のみの帰国を余儀なくされます。それは幼少の出来事でしたが、ナツメグはナツメグ自身が目にするはずのないことまで鮮明に覚えていました。その物語は濃密で、またリアリスティックであり、ある意味非現実的でもありました。ナツメグはその物語を繰り返し息子のシナモンに聞かせていました。シナモンは言葉を話さず、しかし器用にあらゆる仕事をこなしていました。
そして、トオルはそんなナツメグとシナモンとの日々を過ごす中、牛河という人物を介して綿谷昇と接触することになります。綿谷昇は条件を出してきました。「君が持っている井戸付きの土地を譲って欲しい、その代わり、君とクミコがもう1度話し合う機会を設けよう」と。トオルは拒否するも最終的には条件を飲み、トオルとクミコはチャット越しで会話することとなりました。しかし、そこでもやはりクミコは帰りたくないの一点張りでトオルは拒否されます。さて、どうしたものか。トオルはある日、シナモンのパソコンにアップロードされている「ねじまき鳥クロニクル」という名前の物語と触れ合います。その話はナツメグからシナモンに語った満州での出来事でした。それは何を意味しているのか、本作品では深く言及されていませんが、まさしくそれがトオルのクミコとの問題を解決する重要な鍵になるのでした。
トオルは再び208号室の前に現れます。姿の見えない女。ホテルのボーイが置いていったカティーサークだけが女とトオルを共有している。姿が見えないなりにあれこれやり取りをしていると、やがて女はクミコの声に変わります。そしてトオルが「戻ってきて欲しい」と言うと「どうして?」などと言うように徐々にクミコと人格がリンクしている様を確認出来ます。しかし突如ドアが叩かれ、そこから顔が見えない男が現れます。そしてトオルはその男が襲ってくる前にねじ伏せ、その男をバットで殴ります。その後、現実に戻されます。現実に戻ると綿谷昇は意識不明の重体に陥っていました。つまりその男と綿谷昇はリンクしていたということになりますね。大変興味深いです。
さて、クミコを助け出すために208号室に行ったトオルですが、途中で顔が見えない男に邪魔されたせいでどうなるのか、それは本を読んで確かめていただきたいです。ここで考察として確かめておきたいことは以下の点です。
・ギターケースの男≒綿谷昇
・208号室に現れた謎の男≒綿谷昇
・クミコ≒208号室の女
さて、以上で『ねじまき鳥クロニクル』の書評と考察を終了しますが、今こうして見返してみると書評というより普通にネタバレしているだけなのでは…と危機感を感じております。ここだけの話、『ほんとの出会い。』においてはこの記事が初めての書評なのでとても苦労しました。余り出来がよろしくなかったかもしれませんがどうかご勘弁ください。しかし、ネタバレと言いましたが上記で記載している本の内容はほんの一部だと思っております。村上春樹の物語は大筋を辿るだけではその全貌を明らかにすることは出来ません。作品のより深い理解のためには魚の骨みたいに大筋から派生する小話まで追及し、その話の意図するものを掴まなければならないのです。なので、これから他の村上作品を読む!という方にはぜひそのことを意識していただければいいなと思います。
では、とても長い文章になりましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。またお会いしましょう。さようなら。
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